Unfortunated odaiji

僕の残念はみんなの微笑み。生活にちょっとした「クスッ」を。

手酌近辺が騒がしいようですが。


スポンサードリンク

今日は手酌近辺が騒がしいようですね。

 

池波正太郎さんの「男の作法」という本の内容にあるところで、そろそろ手酌なんて文化は要らないんじゃないか?という提案をしたところ反響がいろいろあったみたい、という感じのようです。

 で、僕も大概酒は好きなんですけれど、手酌って好きでも嫌いでもないです。

人と酒を飲むということはすでにコミュニケーションなわけで、そこに「お酌する」っていうファクターが増えても悪いわけじゃないような気がするんですよね。

 

だって、相棒で水谷豊高樹澪さんにお酌されてたら、いいなーって思うっしょ?

え?思わない?ならごめん。

 

嫌なお酌のされかた

僕が思う「嫌なお酌」は

 

飲みかけの、コップの中の酒を飲み干すことを強制するお酌

 

ですね。これは広~~~~~~い目でみたら一気飲みの強要と変わらなくて、良い行動ではないわけです。

 

瓶ビールをコップ酒で飲むような感覚のとき、僕は繊細なビールの味などは特に欲していません。コップの中のビールと瓶の中のビールが混ざっても、わりとどうでもいいです。

 

でも、コップの中を空にすることを強要されると、これはこの瞬間に美味しくなくなりますな。繊細じゃなくても、酒はまずくなる。なぜって、酒くらい人に強要されずに自分のペースで飲みたいですもん。

 

自分がお酌するとき

反対に、飲む相手のコップが空だから、酌をすることを求められる場合。

 

相手が年上だったり接待の相手だったりする場合は、相手のお望み通りにしてあげます。言葉で敬語を使う程度のもんなので気にしません。

若い人、酒を飲む経験が少ない人に対しては、お酌はしてあげてもいいけどされるのが嫌いな人もいるよ、酒飲みのスタイルだから自由だよ、と教えてあげます。

 

結論

吉田羊さんにお酌されたいです。