Unfortunated odaiji

僕の残念はみんなの微笑み。生活にちょっとした「クスッ」を。

表面張力


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ウィスキーをなみなみと入れたグラスに二人の人間がそれぞれコインを静かに入れていき、表面張力に負けてグラスからウィスキーがこぼれた人が負け。

 

そんなゲームが古くは1968年のフランス映画「さらば友よ」で。

もう少し最近になるとマンガ「ジョジョの奇妙な冒険Part3 スターダストクルセイダース」で主人公の祖父、ジョセフ・ジョースターが敵のダニエル・J・ダービーと戦ったシーンを知っている人も居るだろう。

 

そんなぎりぎりの表面張力が崩壊するような瞬間を、今日、電気で僕は知った。

 時々行くラーメン屋。

 

「そういう作り」

 

だから、夏のように暑く、梅雨の最盛期の湿気があっても冷房は入っていない。風通しの網戸から入ってくる風はぬるく、店内に複数個置いてあるサーキュレーターは麺を茹でる鍋から発せられた熱を店内でかき混ぜているに過ぎない。

 

お店に入り、お札を券売機に挿入、ラーメンの件を購入しておつりを取る。

 

「麺の量いかがしますかー?」

と元気な店員の声には

「あー半分でおねがいしやす」。

 

麺、多すぎるんだよここ。

 

そして、コップを取り、押し付けると水が出るタイプの給水器でコップ一杯の水を汲む。

 

エアコンのないラーメン屋での水は箱根駅伝の給水ポイントよりも重要度が高い。適切な水分補給(がぶ飲み)はラーメンの塩分をほどよく気分的に散らしてくれ、塩分を摂取しなかった気にさせてくれるものだ。

 

濃度は変わったが摂取したナトリウム量が変わらないことは、いつも食べたあと数時間経ってから気づく。だがまあそんなことは問題じゃあない。

 

次に大切なのは、摂取した脂を散らしてくれる気になるウーロン茶的ドリンクの購入だ。

 

水分を取るためだけの水と脂を散らすウーロン茶は同じ液体でも役割が全く違う。ウーロン茶でも水分摂取はできるががぶがぶ飲んだらお金が天使の輪を着けて天に召されてしまう。

 

ここぞという時にフタを開け、脂が体内に入るまえにウーロン茶が脂をキャッチするように適量を飲まなければならない。

 

ただ、そのタイミングがいつなのか、どのタイミングであの黒いウーロン茶を飲めば良いのか知ってる人はそういないだろう。

 

わからないから飲まなくていい、というものではない。買わなければ飲めないのだよ、ウーロン茶というものは。

 

そこで先ほどのラーメンの券を買ったおつり200円を自販機にいれ、赤くLEDが点灯した170円のウーロン茶のボタンをプッシュ。

 

あとはぎっくり腰にならないように膝を使ってしゃがみ、ウーロン茶とおつりの30円を回収すればラーメンの準備は完了だ。

 

時の流れが一瞬遅くなった。

 

ボタンを押してからウーロン茶が出る1秒ほどの間に、自分の周りで聞こえていた騒音が一つ、また一つ、その存在を消していく。

 

お店の雰囲気を作っているヘビメタの音楽が奏でられるラジカセ。

左前方にあったサーキュレーター。

右後方にあったサーキュレーター。

 

存在を消したのは音だけではない。光もだ。

 

蛍光灯がその存在を消す瞬間の一瞬のきらめき(ちらつき)

それらがその1秒ほどの間に、確実に順を追ってその存在を消していく。

 

夏至から間もない夕方の店内は、蛍光灯がなくても十分な光量を保ってはいたが、確実にうっすらとグレーがかった。

 

彼らの存在が消えてから「がたん」と落ちてくるウーロン茶。

思えばそのウーロン茶を送り出す力を使ったとき、何かが起こったのだろう。

 

人はそれを「ブレーカーが落ちた」という。

また別の人の中には「漏電だ」ともいう。

 

確実に言えることは、すべての存在が消え失せた瞬間に店内の電力が変化する操作をしていたのは僕だけだったということだ。

 

 

悪いのは店だ。電気だ。僕じゃない。

でも、なんだ。僕に集まる他の客の視線は。

 

店長は慣れたもんだ。

「あーすみませーん。いまブレーカー上げますから!」

 

スタッフがブレーカーをあげて一瞬回復するがまた落ちる。どうやら「くせになっている」ようで、3~4度繰り返された。そののち復旧。

 

 

がちゃん

 

自販機の方で音がした。店員が言う。

「おつりでましたか~?」

 

確認する。おつりのポケットに指を突っ込んでみる。

 

僕のこれまで生きてきた45年間の常識で言えば、170円のものを200円で買ったときのおつりは30円だ。

 

 

しかしそこに入っていたのは・・・。

 

10円。

 

・・・

 

「差額」の20円はスタッフが手渡しでくれた。

 

 

僕がボタンを押し、ウーロン茶がリフトアップされた動作、どうやらそれが限界だった電力の「表面張力」を突き破り、あふれ出てブレーカーが落ちる、という状態を作り出してしまった。

 

 

しかし僕は敗北はしていない。

 

グッド。

 

ラーメンを続けよう。

 

一連の騒動で、現金で購入したウズラの卵のおつりを店員が僕に渡し忘れたのは内緒だ。

 

店員を、コール!コール!コール!

 

コールの内容は、アブラマシマシ、ニンニクマシマシだ。もう今日は人と会わないからな。