近代麻雀8/1号の「アカギ」の名言に心打たれた
スポンサードリンク
今まで買ったことはなかったんですがね。
買い物のついでにコンビニで表紙を見てしまい、アカギがでかでかと出ていたもんでぱらぱら見てみたら、思わぬ名言に出会っちゃったもので。近代麻雀、初めて買っちゃった。
場面は、もう一晩の麻雀を10年くらい連載しているんじゃないかっていう「鷲巣麻雀」のなか。鷲巣との会話中にでたアカギの言葉が名言だったんだよ。
ネタばれ禁止!って人はこの後読まないで「そっ閉じ」してね。そこまでネタばれ感はないような気もするけどね。
それは、小さなチャンスを紡いで紡いでチャンスを少しでも広げようと頑張るアカギに対して鷲巣のじいさんが
「ずいぶんアカギらしくないことを宣(のたま)う」
と言ったときにアカギが返した言葉。
「奇跡は 粘る者の手に舞い降りる」
これですよ。
リードしている人がそのまま勝つときは奇跡じゃないよね。
何かしらで劣勢・敗勢にいる人が引き分けに持ち込んだり逆転勝ちしたりするときが奇跡だよね。
実力が同じな場合、いったん差をつけられると理屈上追いついたり逆転したりすることってできないわけだ。
逆転のためには
・部分部分で相手より良いパフォーマンスを見せるか。
・相手のミスを待つか。
みたいなことをしなければならないんだけれど、勝負事の場合は大概、相手のミスを待つことが「よくある逆転のパターン」だったりすると思うんだ。
でまあ、このアカギのストーリー上、鷲巣が大きなミスをすることが想像できないこともあって、アカギやアカギサイドの人が良いパフォーマンスを見せる・・・どのような良さを見せるのか、というのがこれからのお話で起こる「奇跡」なんじゃないかと思うんだけれど。
どちらにしても、さっき書いた逆転の2箇条、それをやるためには、そこまでは粘りに粘った上で
・自分はミスをしない
・場面を複雑化させて相手に考えさせ、迷わせ、ミスをさせる可能性を高める。翻って自分のチャンスを増やす
ってことをしなければならないんだよね。
まあ、その起こそうとしている奇跡が起きるのか起きないのか。起きるのならどう起きるのかは次号以降(といってもいつになることやら・・・。また数年後かもね)になると思うんだけれど、とにもかくにもこの
「奇跡は 粘る者の手に舞い降りる」
って言葉、とっても心に響くわけ。
自分の人生、決して順風満帆だとは思っていないからさ。
何かしら、逆転が必要だと思ってるからさ。
そのためには粘って粘って奇跡を呼び込むってことなんだろうなーって思ったよ。
その「粘る」という行為が、今の自分にとってどういう行為なのかを判断するのがまた大変で、そこの選択はこれからだったりするんだけれどね。