Unfortunated odaiji

僕の残念はみんなの微笑み。生活にちょっとした「クスッ」を。

くしょう


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その日僕は、大好きなお店に向かうために電車に乗っていたよ。

 

電車っていいよね。拠点間を事実上最短距離っぽく結んでくれていて、早い。

 

必要上の乗り鉄ってやつだな、僕は。

ある日電車に乗った僕は優先席から隣のシマの普通の席の、いちばん優先席側に立っていたよ。乗客はまあまあ。

 

んでもって、大切な知識を得るための本を、大好きなiPhone 6s Plusの大好きなKindleで読んだわけよ。すちゃっとiPhoneを取り出して電子書籍のページをすいすいと送る俺。かっこいい。

 

で、読み始めて

「むほっ、これはこれまでにない味!」

「山岡、次の究極のメニューは何だ!」

などと没入しようとしていたら、優先席側からなんかだみ声が聞こえるのよ。どうやらおばあちゃんが僕に話しかけているみたい。

 

「あんた、混んでる車内で携帯電話使うのやめなさいよ!私ペースメーカーしているのよ!」

 

・・・・。

 

 

混んでる?

 

車内で立っているお客さんもいる。けど、混んでないよ・・・。

 

ペースメーカー、たしかにあんたはしてるかもしれない。でもあなたと僕の間には電車の扉分の空間があるんだよ・・・?縦・横を加味したら距離は2メートルはあるんじゃね?

 

「あのね、このくらい空間あったら携帯電話の電波は大丈夫なんですよ。安心してください。」

 

穿いてますよ、とは続けなかった。

 

 

「車内放送で言ってるじゃない!混雑時は携帯の利用やめなさいよ。優先席の近くでしょ!」

 

おばあちゃんの声のレベルが上がる。

 

いやそりゃ近いかもしれないけれど、隣のシマだし普通の席だし。

 

おばあちゃんと僕の間は扉の分以上は確実に離れている。そしておばあちゃんと僕の心はそれ以上に離れている。

 

「離れてるから大丈夫ですよ。」

 

「命になにかあったらどうするの!私のペースメーカーは特別なの!」

 

おばあちゃんの音声レベルはさらに上がる。ピコピコ上がる緑のグラフがレッドゾーンに到達したような勢いだ。

 

お、いや。命に何かあったらそりゃ大変だ。でもそれだったら、2メートル以上離れた携帯の電波で誤作動を起こす特別なペースメーカーを使ってるのがまずいんじゃないか?

ええと、今年の夏に総務省が宣言したのはなんだったけかな。携帯とペースメーカーの誤作動の可能性は3センチの距離だったから、安全策として15センチ離せば問題ない、という見解だったよな。

 

そう思っている間にもおばあちゃんの僕に対する攻撃が止まらない。

 

「なんで大切なこと言ってるのが聞けないのかしら。車内で放送だってしているのに。今時の人はなんでそういうのも守れないのかしら!?まったくもう・・・」

  

お手上げだ。僕は今後も、来世でも、このおばあちゃんにはかなわない。

 

「ごめんね、わかりましたよ。」

 

そう苦笑しつつ僕はiPhoneと怒りの気持ちをポケットにしまった。iPhoneは電源落としてないけれどね。

あと言うならば、カバンの中には電源が入ったスマホが3台入っていたけれどそれの電源も落とさなかったよ。

 

おばあちゃんはなおもがなってる。高橋がなりの映像作品を見るのは好きだが、おばあちゃんのがなりのを聞くのは歓迎しない。

 

ただまあ、ポケットにしまった行為自体は一定の評価をされたようだ。電源落さなかったけれどそれ以上の「追及」は止まった。やれやれ・・・。

 

さあ困ったぞ。社内で出来ることが一気になくなっちまった。かばんの中にあるのはデジカメだけだよ。これを取り出して電源入れたら、またおばあちゃんに怒鳴られるか、対面に座るJKに痴漢扱いされるだろうな。

 

幸い、おばあちゃんにがなられてから僕が電車を降りるまで、5分程度しかなかった。その時間に読もうとしたページが進まなかったことは軽度のストレスだった。山岡さんが海原さんから受けるストレスよりは小さいだろうけれども。こんちくしょう。

 

電車を降りる。そのとき、扉のそばで立ってたサラリーマン風のおじさんが僕に苦笑いをして見せた。どうもご苦労さんでした、という表情だと受け取った僕は、軽く会釈して駅のホームに降り立った。スマホを見ていなかったからか、目指す駅で降りるのは楽勝だったよ。

 

あのおばあちゃん、大丈夫だったかな。ペースメーカーを付けていて電波も危ないとは思うんだけれども、あそこまで過敏になって僕のことを怒っちゃうとそれはそれで心臓に悪いんじゃなかろうか。

 

 

年の瀬だなぁ。人の背中は丸く、歩みは速い。心も丸くなるといいな。