批判は自分より「強い」相手を
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かの昔、Appleのスティーブ・ジョブズさんがマイクロソフトを相手にガツガツコメントしてたことがあったように記憶しています。
オリジナルなアイディアに欠ける
とか。
製品に文化というものを感じさせない
とか。
そのことをどうこう言うつもりじゃなくって、そのときのジョブズさんって、
・自分の名前を出して
・自分と同格か自分より強大な相手に対して
・相手の不満な部分を明確にして
批判してたなあというのが良いなと思ったんですよね。
これをもしジョブズさんが下請け企業のような
(あまり、強くない立場・・・)
の会社に対してきっつい言葉をがしがし言ってたら、それはただのいじめだし見苦しいし、世界で尊敬される人にはならなかったと思うんです。
でもって何がいいたいかというと、たとえばTwitter。
たばこを吸ってる高校生がいたとして、誰か個人を特定できないアカウントの人がそれを撮影してTwitterに流す。すると個人を特定できないいろんな人がリツイートしたりしちゃう。
そりゃ、もちろんたばこを吸ってる高校生は良くないんだけれど、ネットの向こうの関係ない奴らがよってたかってさらし者にするほどのことなのかと。そのリツイートしてた人たちは高校生がたばこを吸う位の良くないことを一切していないデキた人なのかと。そして、もしできた人なら、なぜそんなことをしちゃうのかと。
色々矛盾を感じるのよね。
で、Twitterとか匿名掲示板なんかはそうだと思うのだけれど、仮に匿名の(書いた人自身は世間的には無名な)人が書いたとしても、複数の匿名人がよってたかって盛り上げたり晒したりおとしめたりすることで、その「複数の匿名人」は
(強い、立場)
になっちゃうと思うんですよ。そういう(強い、立場)の人たちがたまたまたばこを吸っちゃった、良くはないけれど強くない立場の人をよってたかって攻撃するってことは、ネットを使ったただのいじめじゃないかと思うんです。
その匿名の人たち。
(強い、立場)になって気に入らない人たちをこそこそ批判したりすると思うんですが、デキた人はそういう声をスルーする力をつけていて、そういう人たちは匿名の人たちがどれだけ騒いでもなんとも思わないのかもしれないけれど、だからといって障害物の陰から手榴弾投げるようなことをしていいとも思わないし、むしろそういう人は見下げ果てる存在なわけです。
結局陰から投げてる手榴弾はなかなか当たらなくって、そんなことであがいている内に前を向いて陽の当たるところを歩いているデキた人はどんどん先に進んじゃうよ、ってことなんですよね。
匿名で批判するってことは、その声は批判対象にも届かないし(仮に目に止まっても相手をしてくれない)、だから匿名で一生懸命批判している時間が無駄だし、そのムダな時間を過ごしている間にまっとうな人は先を歩み始めちゃうし、良いことなんて何もない。そんな簡単なことに気づいても良いんじゃないかって思うんです。
もったいないよ。いろいろ。